みぎに つきすすむ ( みぎに・みぎつきすす)

●右翼民族主義の整合性 一貫性 因果性を揃え右翼を貫く●民族の独立生存を最上位にし全異民族の侵蝕阻止、侵入異民族排斥●帰化侵入を行う日本国籍異民族排斥●国際世界市民主義の左翼・保守 国家主義 人種差別主義 伝統主義 皇室中心主義 皇道主義 国粋主義 平和主義を打倒●親米親朝鮮シナ親白人親黒人等異民族に親しむ 受け入れる左翼を粛清

【 日本料理を食べると日本人と見なす狂った親日左翼否定  】

日本料理よりもイタリア・フランス・シナ・タイ・インド・ドイツ料理を好む、良いとするのはどうでも良いこと。そばがいい、うどんがいいもどうでも良い。そばが好きならばそばを食べればいいし、うどんが好きならばうどんを食べればいい。シナ料理のラーメンを好むのもかまわない。ラーメンはシナから分離し、ただの料理になっている。カレーも同じ。しかし、料理の好き嫌いが民族の生存を破壊する左翼行為となる危険もある。

ある異民族が寿司となめこの味噌汁を夕食にすると「日本人?」と言う愚かな親日左翼がいた。日本料理が好きだと親日と見なし、異民族に好意を抱く。寿司となめこの味噌汁を食べるくらいで、好意を抱き、好印象になり、好感度が高まり、異民族を民族で繋がる私情を超越、数万年続く生物集団・日本人にしてしまう、見えてしまう、狂気。異民族に好印象を抱き、好印象攻撃で精神が異民族に侵蝕され、日本人にして、民族・民族社会・日本に侵蝕させる。

日本料理を食べる、から始まる。日本料理を好まなければ日本料理は食べない。日本が嫌い・反日であれば、日本料理は食べない。日本料理を食べると言う事は“日本が好き”・“親日”と繋がり、日本料理を産み出した日本・日本人を好む、親日と決めつけ、日本・日本人に好意が拡大し、日本・日本人を好むと繋がった、と考えられる。さらに、日本・日本人の構成員である自分へ好意と拡大した、とも考えられる。一部を好むから全体に好意が拡散。一部分から全体に好意が拡散の錯誤。一分野から民族に好意が拡大の錯誤。一分野の好印象が民族にまで侵蝕する妄想。日本文化を好むから、日本・日本人に好意を持つと勘違い。

日本人・民族がわからない愚か者がいる。特に好き嫌いで動く親日左翼は政治・統治・民族・日本がわからない。数万年前に自然発生した生物集団・“日本人”を好き勝手に、主観的に変更する独善的なものがいる。人工的に変えられるのは、民族ではなく、国民・市民など。日本国籍で日本人。国體護持で日本人。日本が好き・親日で日本人。日本に忠誠心を持てば日本人、など勝手に日本人を変える。自他の好き嫌いで、日本人を歪める。

親日で日本人を踏まえる。この異民族を親日と見なし、親日であるから、日本・日本人に憧れている、憧れの日本人にしてあげようとし、それで「日本人?」と繋がった、とも考えられる。親日と見なし、嬉しくなり、その親日異民族を自分と同じ日本人として扱いたくなった、とも考えられる。親日と見なし、嬉しくなり、異民族を異民族である事実を強引に変え、自分と同じ日本人にし、受け入れたくなった、とも考えられる。親日であれば、日本人(日本人になるのは絶対に不可能)になりたい、あるいは、日本国民に成りたいと勝手に決めつけ、その他が喜ぶであろう日本人扱いをし、喜ばせたくなり、「日本人?」と続いた、とも考えられる。親日であるから、だーい歓迎すべき対象とし、親日が基準の親日左翼にとって、日本国籍・日本人であることは肯定的な事とされ、日本に歓迎する最高の行動、日本人として受け入れる事、日本人扱いをした、とも考えられる。この「日本人?」の因果はハッキリせず、よくわからない。この手の親日左翼は空虚な好き嫌い・感覚・私情で、意味・因果性・整合性・一貫性は求めない。その時、その場の気分・雰囲気に左右される。その時・その場・個人にしか通用しない好き嫌い・時・世代を超越した、思想・掟などはわからないし、関心がない。

その異民族が日本料理を食べるから、親日と見なし、日本人と見なす。その異民族は親日であると理解し、日本人と見なし、受け入れるに繋がるのだろう。それが「日本人?」とのつながり。理解と言うより、勝手に感覚的に決めつけ、事実を私情で歪める。受け入れに繋がる可能性はここではわからないが他の事を踏まえると少し想像できる。

親日反日を強烈に持ち出し、自他の好き嫌いが基準の他の親日左翼がいる。イルボンファーストが生まれる前の在特会、イルボンファースト成立後のイルボンファーストなどと同類の左翼。「親日の在日は理解あり。」とする。日本に侵入朝鮮人を“在日”と言い、異民族であるのを明確に示さない。親日とのことで、異民族を理解する。理解して何かは明確に示さないが、この親日左翼の他の同類は「日本が好きな在日は日本に居て良い。」と言うのがいた。民族・政治・統治・日本を踏まえず、単純な好き嫌いで動く愚か者の分際で、「日本が好きな“在日は日本に居ていい。」と決めつけ、異民族を日本に侵蝕させる。

親日であれば理解する」は、「日本が好きな在日は日本に居て良い。」と同じで、日本が好き、親日であれば、日本に居るのを理解する、親日であればその存在を理解する、理解し、敵視しない、で受け入れる、とのことと考えられる。親日左翼は明確に意見を揃えず、決めつけるので、相手は非常に負担になる。問えばファビョリ出し、自分の好き嫌い、決めつけをしつこく繰り返す。異民族・他者を理解すれば理解するほど、敵であると理解できる場合もあるが、異文化交流・国際理解などは理解して、敵意・憎悪・攻撃・排斥対象にするに繋げず、平和・受け入れ・対立解消につなげる為。理解して、敵視・攻撃・排斥対象にするとの行動はほとんど強調されていない。この手の“他”・“異”を“理解”は否定的なものではなく、素晴らしい、関係が良くなる、仲良くできる、協調できる、肯定的な事との印象が形成されている。これも実体が定かではない、あやふやな印象であるから、明確ではないのだが・・・。

他にも「親日の在日を守ろう。」とするのもいる。日本が好き・親日だと、日本侵入異民族・朝鮮人を守ろう、と言う日本破壊をする親日左翼。この親日左翼は反日に対抗する為には、「親日の“外国人”の協力が必要」、とする。それに、「親日だろうと、反日だろうと、すべての“侵入異民族”を敵視・攻撃・排斥対象にしなければ、親日異民族により、乗っ取られる、日本・日本人が滅ぶ」、という右翼にこの親日左翼はファビョリ、「親日の在日を守ろう」と強調。好き嫌いが基準の親日左翼は、親日と見なせば、日本人ではない、日本人とは異なる生物集団である、反日本人的生物でしかない、危険な、有害な日本を破壊する異民族に好意を抱き、好感度が高まり、主観的に良い存在に見え、日本人を滅ぼす脅威が見えず、親日妄想が見え、美化・正当化し、受け入れる。そして、日本人・同族視したりする。そして、墓穴を掘り、日本人は滅びへと向かう。

この在特会・イルボンファーストと同類の親日左翼はシナ人の台湾を親日とし、格別の好意を抱く。シナ人でしかない中華民国台湾に好感を抱く。親日台湾人なる連中を敵視せず、憎悪せず、攻撃対象にせず、日本に受け入れる。喜んで、日本に受け入れる。シナ人・中華民国は有色人種でありながら、戦前白人人種差別主義アメカス・イギリスなどと協力し、“反日”を行い、日本人を虐殺した民族で国家。しかし、戦後、現在は“親日”と好き嫌いで設定し、中華民国・シナ人に好印象で好意を抱く。シナ人の中華民国を“台湾”・“台湾人”と言い、あたかも別の国家・民族であるかのように表現し、存在しない“台湾人”を使う。台湾人なる者は民族としても存在しない。民族を無視する、民族がわからない、国籍に拘る親日左翼でありながら、中華民国中華民国国籍を無視し、台湾・台湾人とする。親日であれば、とにかく、その“他”・“異”に好印象を抱き、好感度が高まり、好意を抱き、美化・正当化を行う。美化・正当化の為にすべてが整えられる。そして、日本に受け入れる、との方向に進む。“他”・“異”である異民族を感情で強引に“他”・“異”ではない生物日本人にしようともする。

親日左翼にとって、民族の独立・日本人の生存・異民族の排斥・戦死者の遺志よりも、親日であることは非常に重要で、日本人が滅びようと、日本が異民族に乗っ取られようと、親日の為に異民族を受け入れることもためらいはない。好印象の異民族・好感度の高い異民族・日本が好きな異民族に個人的に好きでしょうがなくなった私情で、民族で繋がる“日本”を破壊する事は躊躇いはない、と考えられる。

日本料理を食べる、好む事と、生物集団・民族は関係ない。日本料理を好む、食べようと異民族は異民族であり、日本人ではない。食べ物で民族を変える、越える事は絶対にできない。食は文化の一つ。文化と民族も必ずしも関係はない。自民族の文化を失っている民族もいる。シナ文化に侵蝕され、満州文化を失っている満州人。アングロサクソン文化に侵蝕され、ケルト文化の多くを失っているアイルランドなどケルト諸族。古代からシナ人の文化を採用し、小中華となり、日本文化の影響も受けた、朝鮮人独特の文化は少ない朝鮮人。ドイツ人の文化の影響を強く受けたチェコ人。侵略者のアメカス文化しているインディアン諸族。寿司・なめこの味噌汁が夕食で「日本人?」はよくわからない。おそらくこの親日左翼もはっきりと示せないのではないか。その時、その場に左右され、考えることができない、好き嫌いで動く愚かな日本国民化したのがいる。それを踏まえれば、たいして意味はなく、空虚な感覚・気分でしかないのだろう。親日反日が基準の親日左翼と同類。自他の好き嫌いで事実・論理を歪める。

感情・感覚・好き嫌い・主観でねっとりと対象にまとわりつき、“他”・“異”を良い存在とする。そして良い存在なので喜んで、日本に受け入れる。日本にぜひ来てほしいとする。私情に塗れ、民族を背負う日本人から、民族を背負わない個人・日本国民となったものは、好感度が高く、好印象の危険な“他”・“異”に憧れ、好み、親しみ、あやかり、喜んで受け入れる。好印象・好感度の高い、“他”・“異”を敵視・攻撃・憎悪・排斥・撲滅対象にしない。好意を抱く、それで終わりではない。その対象と関わる、繋がる、あやかる事が、喜び、嬉しい、となり、その異民族を美化・正当化し、受け入れに繋がる。好感度の高い“異”・“他”を優位にし、上位生物とみなし、受け入れるとの因果が繋がる。善悪・印象を操作され、脳を蝕まれたカルト信者と同じ。